「ギャングスターパラダイス」 フレーバーテキスト作者、
  ラギーノ•フランクリン(如月 玲慈)氏 制作小説。

 ある酒場 <ギャングスターパラダイスより>   
 

 この街に存在するギャングの中には様々な異名を持つ者がいる。
 ある者は嘲られ、ある者は恐れられ。

 その中でも特に畏敬を集める者たちは密かに偉人とさえ呼ばれていた。

「ひっきしょい! ちきしょい!」

 その中の一人と目される禿頭で筋肉質の男はなんとも豪快なくしゃみをあげた。

 ギャングの元でも仕事をする彼であっても、常にそんな派手な仕事があるわけではない。 

 そんなときは街をぶらついて適当に仕事やトラブルを探して部下に割り振る。

 そんな中あげたくしゃみはなんとも豪快かつやかましかった。

 どれくらいかというと、通りの酒場から客達がいぶかしげに顔をのぞかせるくらいだった。

「なんだよ、何か仕事かよ」

 強面の男がじろりと睨むと客たちはそそくさと店に引き返した。ただひとりをのぞいて。

「ずいぶんうるせえと思ったら、あんたかよ『英雄』」

 西部劇を思わせるデンガロハットの男が実に愉快そうに笑ってみせた。
 

「『殺し屋』の旦那じゃねえか。会いたかったぜぇ……」

 にたり、と英雄も笑って見せた。

 英雄、殺し屋。

 どちらも剣呑な言葉だがこのギャングの街ではわりと普通のアダ名なので誰も気にはとめない。

 禿頭の男がギャングでも逃げ出すような凶悪な笑みを浮かべていること以外は。

「おいおい、俺にお熱ってのか? へへっ」

「ああ、この間の『仕事』じゃ世話になったからな。お返しをしてやりたいと思ってたところさ」

「律儀じゃねえか。そういうのは嫌いじゃないぜ?」

 対して殺し屋もにやりと笑ってみせた。

 その物騒な名前に反して人懐っこく相好を崩した。

 だが、英雄は知っている。

 この男がどれほど危険かということを。

 以前の『仕事』でもまんまと出し抜かれて依頼主を守りきれなかった。

 まあそこらへんはあんまり気にしてないが、後金を受け取れなかったことは根に持っている。

「正直、あんたをブチのめして金になるわけじゃあない。が、俺がスカッとしたいんでな」

 チンピラ丸出しの台詞を口にしたが、禿頭で悪漢面の彼にはなんの違和感もない。 

「そうそうそういうとこ。好きだぜ」

「俺は嫌れぇだよ、お前のこと!」

 英雄が岩のような拳を振り上げ、殺し屋が愉快そうに笑い――
 ワインのビンがにゅっと付き入れられた。

 両者の間合いを絶妙に崩す、そんな一点だった。


「他のお客様のご迷惑になりますので」

 いつのまにやら酒場のマスターが両者の間に割って入っていた。

 剣呑な気配にこそこそと様子をうかがっていた客たちは
 興を削がれたようにした席へと戻っていった。

 残念、ショーはおあずけのようだ。

 マスターが出て引き下がらなかった者など、いないのだから。

「いくらあんたでも聞くわけにゃあいかないな。旦那には世話になったんでな」

 英雄がさらにすごんで見せてもマスターは顔色一つ変えない。

「今後ツケを一切禁止になるのと、だまって一杯おごられるのと、どちらがよろしいですかな?」

 

     ※



「ったく、まさかあんたと飲むことになるとはな」

 ぶつくさいいながら、ひったくってきたバーボンのビンを手放すことはない。

 ロックグラスに並々とつがれた酒をショットグラスのように一息に飲み干す。

「そいつぁお互い様だぜ。昨日の敵は今日も敵ってやつだな」

 七面鳥の描かれたビンから注がれた酒をゆっくりと、
 味わうようにして殺し屋は目を細めた。

「事情はともかく、この店での騒動は困ります。
 おふたりとも一時、羽を休ませるのがよろしいでしょう」

 切り子のグラスにつがれたウイスキーに背後の棚から取り出したリキュールが加えられ、
 さっとマドラーでかき混ぜられる。

 たまにマスターが客に付き合うときは決まってこれだ。

 バーカウンターの一角はなんとも異様な雰囲気に包まれていた。

 筋肉質の大男に得体の知れないガンマン風の男。

 それにマスターが加わるともはや尋常な事態とは思えない。

「まあ、俺は別にいいんだ。誰かと飲むのも嫌いじゃないんでな」

「よく言うぜ、一匹狼気取ってんじゃないのかよ」

 もう一度グラスに並々と酒を次ぎ、英雄がやや険のこもった口振りで告げた。
 基本的に彼は歯に衣着せることがない。

「別にそんなつもりはないぜ? 気がついたら一人になってるだけさ」

 対し殺し屋は淡々とふざけたようなトーンから変わらない。
 これもまた、彼の基本的なスタンス。

 マスターは一口、酒に口をつけて息を吐いた。

 ウイスキーの辛さにリキュールの甘みが溶け込むようにして絡みついてくる。

 我ながらいい出来だ。

「あんたこそ、いつも誰かがいるじゃねえか。うらやましいこったぜ」

 七面鳥のボトルに目をやり、殺し屋がつぶやいた。
 ほんの少し、声のトーンが変わっていたことに気づく繊細さは英雄にはなかったが。

「いつの間にか集まってくんだよ。ヘキエキしてるってもんだぜ」

「……へへ」

 わざとらしいくらいの口振りに殺し屋は笑い、英雄は面白くもなさそうに顔をしかめた。

「あんたの下手くそな嘘、嫌いじゃないぜ」

「けっ! オレは嘘だきゃあつかないのが自慢なんだよ」

 ちなみに嘘である。

「まあ、この街で嘘はごく当たり前のことでございますから。息をするのと同じくらいに」

 とはいうものの、マスターが嘘をついたという話は聞いたことがない。彼の嘘がなんなのか。
 それは彼らにもわからないし、興味もない話だった。

「嘘ねえ、どっかの女の得意技だったな」

「アンタから女の話が出るたぁ珍しいな。女のケツには興味がないんじゃなかったのかよ?」

 英雄の言葉に殺し屋は顔をしかめてみせた。

「女なんざに興味はねえよ。ただな、あいつだけは別だ。関わりあいになるのもゴメンだ」

「悪い女にでも引っかかったってか。そいつはいい女を知らねえからさ。
 オレなら仕事ほっぽってでもケツを追っかけるね」

 げへへ、とわざとらしいほど下品に英雄は笑ってみせるが、本当に本気である。

 現にそのせいで何度も仕事をしくじっている。気にしてはいないが。

「マスター、最近あの美女は来てんのか?」

「ええ、何度かご来店いただいております」

 毎回、違う誰かを連れていることは伏せておく。
 そこはわざわざ言うことでもない。ただ、

「女性は『ばけもの』でございますから。
 いずれおわかりに……いえ、わからせないからこそ、
 あの方は美女なのでしょうね」

 と、やや難解なことを言った。

「なんだそりゃ」

「さてねえ、嘘吐きってことじゃねえのか」

 楽しそうな口振りで言うが、殺し屋の目は笑ってはいなかった。
 彼にも嫌いな物はある。意識してるのか、いないのか。

 まるで蝶のように人から人へと舞うあの女はとかく殺し屋の感性とは合わない。


「嘘って言ったら、アイツのことだろ」

「トンマーゾの野郎か? 最近ずいぶん派手にやってるらしいじゃねえか。
 つまんねえ仕事ばっかりだけどな」

「そのつまんねえ仕事でオレを出し抜きやがった奴はどこのどいつだってんだよ」 

「いいじゃねぇか。殺られて当然の奴だったろ」

「まあな」

 くっ、とバーボンを呷る。うまい酒ではなかった。

 
 英雄は守り、殺し屋は殺す。

 対極であるからこそ、互いには出来ないことがある。

 思想、信条は別として両者には似たところがある。
 だからこそ、英雄は彼が嫌いなのだが。


「だからってムカつくもんはムカつくんだよ」

 今にも噛みつきそうな顔をしてみせるが、殺し屋は涼しい顔で受け流す。


「ま、次の『仕事』のときだな」

 この街で抗争が続く限り彼らの仕事がなくなることはない。
 そして、彼らが対峙することも。

 とん、とん、とん、と三つのグラスが置かれた。

 後ろも見ずにマスターがビンを棚から取り出して注いでいく。

 ひとつにはウォッカを、ひとつにはブランデーを、最後のひとつにはスコッチ・ウイスキーを。

 そしてそれぞれに少量のリキュールを加えていく。

「もう少し、飲みましょうか」

 マスターは静かに告げると自身のグラスに残った酒を飲み干した。


「ま、おごりだしな」

 と、英雄はウォッカを入れたグラスを取った。


「たまには、別の酒も悪くない」

 殺し屋はブランデーベースの物を。


「とっておきのカクテルでございます。ご堪能ください」

 残された赤茶色の酒を手に、マスターはグラスを掲げてみせた。

 彼らはいずれ対峙する。

 だが、それは今ではないし、一度でもないのだろう。

 狭いカウンターに座し、似てはいるが別の酒を手にして、男たちはグラスを掲げた。

 彼らの関係が嘘か誠か、それは誰にもわからない。


「よっし、全てのクソ野郎どもにかんぱーい!」

 英雄の音頭で、グラスが澄んだ音を立てた。

 それでも、いまは一時の休息を彼らは楽しんでいた。


     終