「ギャングスターパラダイス」 フレーバーテキスト作者、
 ラギーノ•フランクリン(如月 玲慈)氏 制作小説。

ギャングスタ

 「必要なのはチャンスなんだよ。それさえありゃあ、俺はこんな汚ねぇ場所なんざいつでも抜け出てやるさ」
 根城にしている乱雑なガレージを見渡しながら、トムはいつものようにつぶやいた。
 古ぼけたソファはゴミ捨て場から拾ってきた。ドラム缶からはオイルが臭ってくるし、雨が降ればむき出しの地面は水たまりだらけだ。
 ――チャンスがあればこんなところから抜け出してやる。
 それがこのギャングの街でしがないチンピラをしているトムの口癖だった。 
「チャンスなんて転がってるもんじゃねえだろ。自分で探しにいったらどうだよ?」
 茶化すようにドレッドヘアーの男が言った。
 体格がよく、筋肉もついているが、それ以上にむきだしの乱暴さがにじみ出ている粗野な男だった。
「むやみに探して見つかるもんじゃねえよ。ディックはいつもそうだ。少しは頭を使えよ。ハリー? お前もそう思うだろう?」
「えっ? あ、ああ。トムの兄貴の言うとおりだよ」
 急に声をかけられて、まだ幼さの残る少年が慌てて同意する。
「なんだと、ハリー。お前まで俺がバカだってのかよ?」
「そ、そうじゃねえよ、ディックの兄貴……」
 消え入るように、ハリーと呼ばれた少年は声を落とした。
 薄汚れたガレージを根城にするチンピラの三人組。それが現在の彼らだった。
 チャンスを願う他力本願な男に筋肉ばかりの若者。そのふたりの顔色をうかがうだけの小僧。
 家庭や社会から外れた彼らは弱い者同士身を寄せ合って生きていくしかなかった。
 ギャングが幅を利かせるこの街では警察さえもあてにはできない。
「だいたいよ。チャンスったって、どんなチャンスならいいんだよ。銀行強盗でもやらかすのか?」
 ディックの言葉にトムは鼻で笑った。
「ばっか、そんなことやったら一発で逮捕が撃ち殺されるのがオチだろ? 俺たちには銃を買うカネもないんだからさ」
「そうだなー。車もないしな」
「だろ? だからさ、もっと楽して稼げる方法をみっけるのさ」
「楽な方法……? 兄貴、そんなのってあるのかよ?」
 ハリーが腰かけていた古ぼけたタイヤからずい、と身を寄せた。
「この街で一番力を持ってる奴はだれだよ?」
「それは……ギャングか?」
 にやりとトムは笑った。
「当たり。噂に聞いたんだけどな、あいつらは最近ボスが死んだんだとさ。それでどこも抗争に備えてピリピリしてるらしい」
「それで?」
「鈍い奴だな。兵隊を欲しがってるってことさ」
 ハリーが「兵隊……」とつぶやいて唾をごくりと飲み込んだ。 
「つまりだ。俺たちを売り込むんだ。そうすればギャングになれる。まずは下っ端の構成員かもしれない。けどさ、ギャングになれるんだぜ」
 その言葉に二人の瞳が輝いた。
 ――ギャング。
 この暴力と欺瞞の街では、ギャングとは最も恐ろしい支配者の階級である。たとえ末席にあるものであっても、誰もが頭を下げる。
 彼らが門前払いを受ける街のレストランでさえも、ギャングがやってくると店主が自ら椅子を引いて待つ。
 気まぐれで店先の商品を持ち去ろうとも、誰もがひきつった笑顔で応える。
「ギャングに……」
「ハリーはダメかもな。お前はどんくさいからな」
「そ、そんなあ……」
 甘い夢想をしていた少年の顔に明らかな絶望が広がる。それをみてトムは意地悪に笑った。
「くっくっくっ……俺がギャングになったら靴磨きくらいには雇ってやるぜ?」
「靴磨きかよ……」
「ウソウソ、俺たち三人でギャングになってやろうぜ。チャンスさえあればよ」
「おう、俺が一番にギャングになってやるぜ」
「お、俺だって!」
 めずらしく一番若くて弱気なハリーまでもが声を上げた。
 ――そうさ、俺たちはこんな薄汚いガレージで終わるタマじゃねぇんだ。
 クズはクズの生き方しか出来ない。前に誰かが言っていた言葉だった。
 その言葉は何度もトムたちを打ちのめした  
「俺は――俺たちはクズのまま死んでたまるかよ……!」
 ただ甘いだけのギャングを夢想し、トムはひとりごちた。



 数日が過ぎた。
 三人は街に出てギャングになるアテを探したが、もちろん見つかるはずがなかった。
 土台、ギャングというものは求人広告を出す類のものでもなく、その筋に知り合いがいるわけでもないので当然と言えば当然のことではある。
「くっそー……。今日も無駄足かよ」
 トムはかたわらに置いたビンからウイスキーをあおろうとしたものの、それはとっくの昔に空っぽになっていた。
「ギャングなんてどこで募集してんだよ……」
「みんな、俺みたいなガキには無理だっていうんだ……。バカにしやがって」
 円を組んで座り込み、三者は三様にうなだれた。
「やっぱりさ、俺たちがギャングになるなんて無理だったのかな……」
 ディックが力無くつぶやいた。
 いつもならチャンスがねえだけさ、というトムさえも何も言わなかった。
 変に期待した分だけ誰もが落ち込んでいた。
「…………」
 三人が言葉を失ったそのとき――
「ああ、ここですな。お邪魔しますぞ」
 と声が聞こえたかと思うと、誰かが無遠慮にずかずかと入ってきた。
「なんだお前は? ここは俺たち……の……」
 腕自慢のディックが一番にこの闖入者に向かい合ったが、その言葉に戸惑いが混じった。
 入ってきた者の格好は一言で言えば異質な物だった。
 シルクハットにタキシード。モノクルにステッキ。まるでマジシャンみたいだった。
 男は慇懃に一礼をしてみせた。
 通行人にしても物取りにしても、警察にしても異様すぎた。
「わたくしの名前はトンマーゾと申します。どうか以後、お見知り置きを」
 言いながらステッキで帽子のつばをくいっと上げて見せる。あまりにも現実感のない仕草はまるでステージかなにかの出し物のようだった。
 あっけにとられる三人を尻目にトンマーゾはさっさと奥まで進んで、ソファに勝手に腰掛けてしまった。 
 そのとき、トムは一瞬だけこの奇人と眼が合った。まるで爬虫類のように暖かみのない眼は、それだけで只者でないことを語っていた。
 少なくとも、トムたちのようなチンピラとは言葉に出来ない『何か』が違っていた。
「あなたがたを訪ねたのは他でもありません。聞けばギャングを探しているそうではありませんか。よろしければ、わたくしが紹介いたしましょうか?」
「マジか!?」
「蛇の道は蛇、という奴ですぞ」
 トンマーゾはひどくいやらしく笑った。イブに禁断の林檎をすすめた蛇の様に。
「わたくし、実はあるギャングの幹部の方――将来のボスとなるべき方にお仕えしているんですな。その方の優秀な部下を探しているのですよ」
「将来のボス!?」
 いまにもつかみかからんばかりのディックにトンマーゾはにこりと笑って頷いた。
「ええ、簡単な入団試験さえこなしてもらえればすぐにでもボスに紹介いたしましょう――ここにいる三人とも」
 話に参加出来なかったハリーの顔が輝いた。ギャングになれる。それも三人そろって。
「いかがですかな?」
 トンマーゾはにこやかに笑いかけた。
 首を横に振ろう者など、この場にはいるはずがなかった。



「それではわたくし他にも用事がありますので、また明日。期待しておりますぞ。言っておきますが、この件はくれぐれもご内密に」
 トンマーゾはそれだけ告げると現れたときと同じ様にさっさと姿を消した。
 残された三人は、手にしたものをだまってみつめた。
 支度金として渡された何枚かのドル札と静かに黒光りする鋼鉄の固まり――三丁の拳銃。
「なあ、これがどういうことかわかってるな?」
「ああ、わかってるさ。お前の言うチャンスがやってきたってことだろ」
「それも、兄貴たちだけじゃなくって、俺たち三人に!」
「落ち着けよ、お前ら。すべてはチャンスをモノにしてからさ。入団試験をパスしてからだ!」
 とはいうものの、トムの声もうわずっていた。
 誰よりもチャンスを待っていたのはトムなのだから。
「まずは腹ごしらえといこうぜ。トンマーゾさんがカネをくれたからな。さすがギャングの人は違うな!」
「ああ、これでもう捨てられたハンバーガーを漁る生活とはオサラバだ!」
「お……俺、一度あったかいハンバーガーを腹一杯食ってみたかったんだ!」
「バッカ、ハンバーガーどころじゃねえよ。街のレストランだってコレをみせりゃあ一発よ」
 トムはドル札をひらひらとふってみせる。
「でもよ、俺たちの格好が汚ねえとかっていわれたらどうするよ?」
 彼らの行けるレストランなど格式の高い場所ではない。それでも入店を拒否されたことはたびたびあった。
「そんときゃ……コッチを見せるさ」
 トムは拳銃を手に取ってみせた。そのずしりとした重みは単純にして明快な『力』を感じさせた。
「そうだな……俺たちはもうチンピラなんかじゃねえ……未来のギャング様だ!」
「お、おう! 兄貴たちと一緒だったら何も怖くねえよ!」
 ディックとハリーも銃を手にして、同じように笑みを浮かべた。
 それから三人は街のレストランに出かけた。
 思いのほか堂々とした態度に店主も何かを感じたのか、すんなり入店できた。
 それがまた気持ちがよくて、夢のギャング生活を想わせた。
 ――ギャングになれれば毎日こんな風にまわりがビビッてくれるのか。 
 ガレージに帰って、買い込んだ酒をあおっても笑いが止まらなかった。
 ビール、ウィスキー、ブランデー。目に付いた酒を端から買いあさった。
 それをラッパ飲みにしながら、トンマーゾをほめたたえ、チャンスをモノにした自分たちの未来を語り合った。
 その日、トムあ眠ることが出来なかった。
 緊張と興奮、そして恐怖で。
 イビキが聞こえるからディックは寝ているのだろう。ハリーは酒が入ってから早々にダウンしている。 
 ーー明日、うまくやればギャングになれる。
 そう思うと不安と、それ以上の期待がわいてくる。地べたに直に敷いた毛布をたぐり寄せ、枕元に置いた銃を引き寄せる。
「へへ……」
 初めて手にした銃。
 それがギャングの夢への切符のような気がしてトムはそれを胸にかき抱いて眠った。



「準備はいいですかな?」 
 昨日と同じように滑稽なくらいに伊達男の格好をしたトンマーゾが声をかけた。
 薄暗い路地裏で三人はそれぞれに頷いた。
「よろしい。では手筈通りに……といいたいところですが、ひとり見張りを置いた方がいいでしょうな」
「見張り……っすか?」
 三人は顔を見合わせた。 
 手筈では、あるギャングと話をつけにいくトンマーゾを護衛するのが入団試験であったはず。
 堂々と入れる案件ではない。
 まずは裏口にまわり、三人が安全を確保してからトンマーゾがやってくる手筈だった。
「なに、簡単な仕事ですぞ。警察や他のギャングがやってこないかどうか、それとなく見張るだけです。ま、保険のようなものですがね」
 トンマーゾは軽く言う。
 が、三人にとっては問題だった。
 見張り、つまりは一番使えない奴がやる仕事のような気がしてならなかったからだ。
 現に彼らがチームで盗みをするときは決まってグズのハリーが見張り役をやらされる。
 実際に盗む大役はトムやディックがいつもやるのだ。
「ハリーがやります」
「えっ!? 待ってくれよ兄貴!」
「うるせえな、ゴチャゴチャ言うな」
「でも!」
「トンマーゾさんの前で恥をかかせるな!」
 一喝されてハリーはどうにか黙った。しかし、その顔はあきらかに納得などはしていなかった。
「話はまとまりましたかな。ああ、別に見張りだからと言って下に見ているとかそういうことはありません。無事任務を果たせれば三人とも合格になりますから、ご安心を」
 トンマーゾは優しく笑いかけ、ハリーは「ありがとうございます!」と直角に腰を折った。
「では、任務開始といきましょうか。まずは先行してお願いしますぞ」
 トンマーゾはステッキをぶらぶらと揺らしながらどこかへと歩いていった。
「…………」
 トムとディックはうなずきあって、懐の銃を服の上から確認した。
 トンマーゾの話ではこれを使うことはないはずだが、それでも万が一ということがある。
 腕自慢のディックが先を歩いた。わずかな距離を明けてからトムが続く。
 この仕事を無事に終わらせればギャングになれる。そう考えると緊張感が身体中に走った。
 ディックもそうなのか、いつも以上の強面でゆっくりと歩いていく。
「この先だ、トム。この曲がった先にある裏口でトンマーゾさんを待つ。そっから一緒に中の事務所に話をつけにいく、いいな?」
「ああ、もちろんだ。この仕事をこなせば、俺たちはもうギャングだ」
 何度も繰り返した手順を二人は繰り返した。
「トンマーゾさんの言うとおり簡単な仕事だぜ。本当、簡単さ」
 ディックは軽口を叩いているつもりなのかもしれないが、声が震えていた。
 それを聞くと、トムはほんの少しだけ落ち着けたような気がした。
 ディックだけじゃない。いまごろハリーだって目を皿みたいにして周り中を見張ってるに違いない。
 ――リーダーの俺がしっかりしてやらないとな、と勝手なリーダーを気取ってみせる。
 そうでもしないと、怖くていまにもふるえだしてしまいそうだった。
「おい、いくぞ」
 ディックが曲がり角を曲がる。
「わかってる」
 トムがそれに続いた。
「おやおや、本当に来やがったぜ」
 ――声が聞こえた。
 そこで待っていたのは銃やナイフを構えた男たちだった。
 年格好も自分たちとあまり変わらない若い男たちが手にした獲物もバラバラに、トムとディックをにやにやとした顔でみつめていた。
「お、おい! なんだよお前等は!?」
 ディックが予想外の事態に叫んだ。それは質問というよりも悲鳴に近かった。
「ここの事務所のギャング様だよ。まさか、知らねえで来たわけじゃないよなぁ?」
 後ろからもさらに二人。どっ、と周りから笑いが起こった。
 ギャング――というわりに、自分と同じチンピラの臭いしかしなかった。
「俺たちはトンマーゾさんの使いの者だ。いまからトンマーゾさんが話し合いにくる手筈になってる。聞いてるだろ?」
 いまにもとびかかりそうなディックを押しのけてトムがどうにかそれだけを絞り出した。
 相手の数は多い。
 五……いや、六人はいる。撃ち合いになれば勝ち目なんかない。
「トンマーゾ……?」
「ああ、聞いてるだろ!?」
 すがるように、トムは繰り返した。
「ああ、聞いてるさ」
「だろ!」
 トムはほっと胸をなで下ろしてディックと目配せした。ディックもふっと力を抜いてみせた。
「襲撃の情報はとっくにバレてるんだよ。裏口から奇襲する作戦だってのもな。信頼出来る筋からタレ込みがあったんだとさ」
「なっ!?」
 トムとディックは言葉を失った。
 情報が漏れていた……!?
 でも、奇襲するなんて話は聞いてもいなかった。そもそも話し合いだって……。
「じゃあな、マヌケども」
 男のひとりが、にやにやと笑いながら銃の撃鉄を起こした。
 ――撃たれる。
 そう直感したとき、にわかにビルの内部から騒がしい音が聞こえた。
 乾いた炸裂音、ガラスの割れる音、そして悲鳴――
「な、なんだ!?」
「まさか襲撃かよ!?」
「ボスは裏口からだって……!」
 目に見えて、男たちは慌て出した。もしも目の前の男たちが自分たちと同じチンピラではなくて筋金入りのギャングだったのなら、こんな風に慌てたりはしなかったのだろうが。
 これは幸運だった。
 そして、その次の行動が命運を分けた。
 トムは呆然と立ちすくんでいた男たちの間を抜けて走り出した。
 ディックは叫んで懐の銃を取り出した。
 一瞬のことだった。
 ほんの一瞬、トムが振り返ったときディックの背中にいくつもの穴があいていくのが見えた。
 それにどんな意味があるのか、なぜだかさっぱりわからなかった。
 怪我をしたとか死ぬとか、そんな言葉は少しも浮かび上がってこなかった。
 ただ、いくつもの穴から血が吹き出したとき、トムは何事かを叫んでいた。
 そこから先はひどいパニック状態だった。
 まだ銃を手にしたまま、ただ反動で、くるくるとダンスを踊るように回り続けているディックに幾度も幾度も弾が打ち込まれていた。
 どこからともなく悲鳴が上がり、銃の乾いた音が何度も響いていた。
 その恐慌において、トムは幸運にも逃げ延びることができた。
 それがディックの犠牲によるものであることなど、まったく考えもしなかった。
 なぜなら、トムもまだ恐慌の内にあったのだから。



 荒い息を吐いた。
 何度も何度も繰り返すその音がまるで他人のもののようにすら感じられる。
 それくらい現実感が失われていた。
 ――ディックが死んだ。
 頭の中では理解しているはずなのにまったく気持ちがついてきていなかった。
 いつもみたいに薄汚れたガレージに帰ったら先に戻っていて「なにがチャンスだ。とんだ骨折り損だったじゃねえか」とでも言ってくれる気がしていた。
 ハリーは姿が見えなかった。
 あの鈍くさい弟分はきっと銃声を聞いてさっさと逃げ出したに違いない。
 逃げ延びていて、どこかでふるえて「兄貴、悪ぃ……」とか泣いているに違いない。
 ――探しにいってやらないと。
 ディックがあいつを泣かして出て行ったとき、いつも探しにいくのはトムの役目だった。
 ――みつけてやらないと。
 どこをどう通ったのかも覚えてはいない。
 けれども、トムはどうにかあの薄汚れたガレージへと戻ってこれた。
 ここにこれればまたやり直せる。
 そんなはずはないのに、そんな気がしていた。
 トムと、ディックと、ハリーでまた――
「ああ、お戻りですかな」
 ガレージの奥にあるソファから声が聞こえた。
「ディックか!? それともハリー!?」
 ソファに腰掛けた男はステッキでシルクハットの鐔を上げてみせた。
「ざぁーんねん。わたくしでございました」
 ひどくいやらしく、男は笑ってみせた。
「トンマーゾ……さん」
「あなたおひとりですかな。お友達はどうされました?」
「……っ! そんなことよりどういうことだ! 情報がバレてたって……! それより、襲撃が……!」
 頭がどうにかなりそうだった。
 どこからどういう風に説明して、どんな答えをもらえばいいのかさっぱりわからない。
「ああ、だいじょうぶでございますよ」
 トンマーゾは気障に、チチチと白い手袋に包まれた指を振ってみせた。
「答えはひとつ。『だまされた』ということでございますよ」
 ――だまされた……?
「だまだれた……? トンマーゾさんが……?」
 にこりと、目を細めて。
 いやらしく、ひどくいやらしくトンマーゾが微笑んでみせた。
「あなたがたが、でございますよ」
 混乱しきったトムの頭にはその事に対する理解がまったく追いつかない。
「つまり、おとりだったということですなぁ。あなた方が裏で騒ぎを起こして本隊が別の場所から攻める。それだけのお話でして。クズでも集めれば力になる。実に助かりましたよ」
「だったら……なんでそれを始めから……!」
「敵をだますには、まず、味方から」
 それともうひとつ、とトンマーゾはつけくわえた。
「誰かをだますのは、わたくしの趣味なんでございますなぁ」
「ふざけるなっ!」
 トムは懐の銃を抜いてトンマーゾにつきつけた。
「おやおや。では、わたくしはこれで」
 それに対してトンマーゾはソファから腰を上げることさえもせずに、右手の人差し指と親指で銃の形を作ってみせた。
「トンマーゾォォォォォッ!」
 トムが引き金を引く瞬間、トンマーゾはくいっと右手を持ち上げて――
「BANG」
 銃声は一発のみ。
 倒れたのは、トムだった。
「な……んで……?」
 ゆっくりと、トムの後ろから足音が近づいてきた。顔は見えない。
「悪ぃな、兄貴。トンマーゾさんがさ、俺には見込みがあるって言ってくれたんだ……。兄貴たちよりもずっと、ってな」
 弟分のハリーの声だった。
 臆病で、いつも自分たちの後ろをついて回るような奴だったはずなのに……。
「と、いうわけですなぁ。『だまされた方が悪いに決まってる。ここはそういうところだろ?』ですなぁ」
「クズにはさ……クズの生き方しかできねえって言ってたのは、兄貴さ」
 身体が、もう少しも動かない。
 いったい、何をどう間違えてしまったのか。
 その答えにトムがたどりつくことはなかった。
 この街で誰かを信じたこと、それ自体が間違いだったということには。
 
 ギャングスター。それは道を外した若者にとって、希望の星である。
 若者たちはその光を求めて今日もまた火中に飛び込む。そして多くは、星となって消える。